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-オガ屑を人工土壌マトリックスとして利用した
バイオマス廃棄物の資源化・循環-
寺沢 実(北海道大学大学院 農学研究科)

1.はじめに
1-1 富士山5合目での快挙
 最近、人々の熱い眼差しが「オガ屑」に注がれ始めているのをご存じでしょうか。 実は、静岡県と環境庁の 話し合いの結果、昨年7月14日から8月27日までの45日間、富士山の5合目(須走口)で、公衆簡易トイレの 実証実験が行われたのです。 いくつかの出品トイレが次々にダウンする中、最終的にオガ屑を用いたバイオトイレが唯一、 45日間24時間フル稼働し、1台で総計8,000人を越える人々の使用に耐え抜き、 使用した人々の感想は、圧倒的に 「臭いが無くて快適」というものでした。
1-2 北海道のブランド
このバイオトイレは、水を使わない、臭いがしない、くみ取り不要などをうたい文句にした新しいトイレで、 旭川の企業の制作によるものです。 数々のイベントでの使用に耐え、ホクレン夢大賞を受賞したりして、北海道ではかなり 名の知れた商品でした。 本州ではまだまだ無名で、半信半疑の向きもあったのですが、この実証実験はこれらのうたい文句が 嘘ではなかったことを見事に証明して見せました。
この成果に一番喜んでくれたのが、実は静岡県でした。これほどの能力を示したトイレはこれまで1台も無くて困っていたというのです。 「ホッとしました」というのが担当者のいつわらざる気持ちとのことでした。勿論、このバイオトイレを出品・管理した関係者の喜びは ひとしおでした。
1-3 オガ屑の秘密
このバイオトイレは、見た目の仕掛けは、オガ屑をスクリューで静かに撹拌するというものです。 でも、何故、45日間の、 トータル8,000人分以上の屎尿が臭いもなく消え去ったのでしょうか。
 今回のバイオトイレの成功は、装置の数々の工夫にあったことは紛れもない事実ですが、実は、オガ屑それ自体の隠し持った能力にも 大きく依存しているのです。 「オガ屑」は、他に比較し得ないほどの優れた諸性質を備えており、使い方によっては、とんでもなく優秀な 資材に変身します。
2.オガ屑の隠れた能力
2-1 微生物繁殖の場
 オガ屑や樹皮屑は、1)粒形をしており有効表面が大きい,2)粒子自身多孔性であり, 3)粒子と粒子の間の空隙が大きい,4)全体としての空隙率が大きい,5)保水性が良好で,6)排水性能が良好で, 7)通気性に優れ,8)保温・断熱性に優れ,9)養分の保持・供給能も良好です。上記のいずれの性質も、 微生物の繁殖の場として見ると、団粒構造を有する土壌の能力に匹敵しますし、場合によっては土壌よりも遙かに 優れています。更に10)粘度が低く,11)比重が軽いという土壌にはない利点が上げられます。
2-2 供給能
 木材工業界ではオガ屑や樹皮屑が、製材・チップ工場の副産物として大量に産出されており、 需要に対する供給条件もクリアしております。 オガ屑は、人工土壌マトリックスとして、 まさにうってつけの材料と言えます。
3.屎尿の資源化
3-1 屎尿の処理
 オガ屑を利用すれば、屎尿も生ゴミと同様に資源化が可能です。屎尿は、もともと食物が原料であり、 一度体内を通過し腸内で消化吸収の作用を受けた後の残査でありますから、何百億という腸内細菌が存在しており、その分解速度は 生ゴミなどよりもはるかに速いのです。
オガ屑を人工土壌に見立てて、屎尿をその中で好気的に分解消滅させるバイオトイレ(BT)は、水を使いません。 水洗トイレ(WC)に対比して、ドライクロセット(DC)或いは、 コンポストトイレ(CT)などと総称されます。
3-2 もてるオガ屑
 この水を使わないバイオトイレが、21世紀の日本でのニュービジネスの対象として もてはやされる可能性があります。 なぜならば、1)水洗トイレの普及が都会では一段落し、郡部への普及の時期に立ち至ったものの、 コストがかかりすぎること, 2)水洗トイレは作ったものの水が足りなくて使えない市町村が291もある(朝日新聞,1998年2月) という水資源の枯渇の問題が深刻さを増しつつあること, 3)阪神・淡路大震災時において、上下水道の破壊により水洗トイレが 使用不能に陥り、復旧までの期間住民はとんでもなく苦労を強いられた教訓があること, 4)観光地の公衆トイレは、排尿ばかり多いのに これを水で処理するので益々希釈され、下水処理場に運んでも処理の効果もなく通過する,などなどの諸問題が背景にあるからです。 オガ屑の利用は、これらの問題を解決します。
3-3 水洗トイレの功罪
 都会では、屎尿は水洗トイレにおいて大量の水で希釈され、下水道を通じて下水処理場に集められ 一括処理されています。 とりあえず汚物が目の前から消えますので、清潔感ある方式として定着しております。しかし、この 処理法は、上水道水を大量に消費しますので、抵抗感があることも事実です。
3-3-1 希釈・廃棄
 下水処理場では、糞尿中の有機物は微生物の力で分解され、微生物は凝集沈殿・収集されますが、水に可溶な無機成分の多くは 河川へ放出されています。下水道の構築費と下水処理場の維持費は莫大です。 人口密集地帯では、効率の良い処理方式として 採用され普及しておりますものの、水洗トイレは、原理的には糞尿の希釈・廃棄処理であり、糞尿を単なる汚物としてしか見なしておりません。 従って「資源化」のキーワードが入ったとたんに水洗トイレはその意義を失いかねません。
3-3-2 水不足
 水洗トイレ(WC)における大量の上水道水の消費は、資源の無駄遣いの感がありますし、水不足の折りには 充分に機能しません。年々延びる水の需要に対して供給が追いついていません。大型ダム造り行政も行き詰まり、日本では、水を タダのごとく使用する時代は既に終わったようです。更に、電気・水道などの供給が困難となる災害時には、水洗トイレは全く用を なさないことが、厳しい現実問題として突きつけられてしまいました。
3-3-3 トイレの臭い
 水洗トイレは臭わず清潔と思われていますが、実はその構造上、かなり臭うことはご存じの通りです。便器に 水が張ってありますが、あれは下水管や貯留槽からの臭いがトイレに逆流することを防ぐためであり、しょっちゅう水を流さない限り、 何分かは不本意ながら自らの屎尿と同居する羽目になるわけです。勿論他人が使用した直後は使う気がしません。マスキング剤がよく売れる要因であります。
3-3-4 下水管埋没の愚
 郡部への水洗トイレ化がはかばかしくありません。それは、1軒1軒が点在する農村部では、下水管の 埋没にとんでもなくお金がかかるからです。国からの補助は一定、個人からの徴収も一定とすれば、残りは地方自治体の負担となり、 結局は、高い工事費の大部分は、地域住民の負担となって跳ね返るからです。このような時代と共に、また、地域によっては、 現行の水洗トイレの欠点が気になり始めており、再検討を要する問題となっています。いずれはくると、百年待った郡部では ありますが、年並みの水洗トイレが果たしてくるかと言えば、おそらくノーでありましょう。
3-3-5 独立完結型トイレ
 地域によっては、希釈・棄却処理の水洗トイレから、一部、新たな方式として、濃縮・独立完結型・ 資源化処理トイレ(DC,BT)への転を真剣に検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。すなわち、現行の「一括・集中・大量」から 「個別・分散・少量」処理方式への転換が時代の要請です。
3-4 バイオトイレの効用
 バイオトイレの原理は、オガ屑を人工土壌マトリックスとして利用し、好気的条件下で 屎尿をバクテリアの働きにより、無臭の内に分解・消滅させ、蓄積したN,K,Pなどの無機物を肥料として利用するというものです。 水を使わずに、無臭の内に屎尿を資源化することに優れています。
3-4-1 アンモニア臭の発生
 くみ取り式のトイレの強烈なアンモニア臭には閉口しますが、これは、糞中の嫌気性菌が尿中の尿素を 嫌気的に分解してアンモニアを発生する、尿と糞とが混合した結果起こる現象です。ですから、糞と尿とを混合させずに別々に 集めるとそんなに臭気の発生はありません。北欧では、この糞尿分別処理に力を入れる向きもあります。
実は、バイオトイレの能力の秘密は、オガ屑の中に屎尿を排出することにあります。これは糞尿の分別を効率よく行っていることに 他なりません。つまり、水分が大部分の尿はオガ屑の空隙に吸い込まれ分散してゆきます。尿はオガ屑を湿らせはしますが 液体状ではもはや存在しません。糞も同じくオガ屑にまみれて希釈分解されてゆきます。そして、糞尿中の有機成分はオガ屑の 人工土壌マトリックス中の好気的環境下に曝されることになります。まさに先に掲げましたオガ屑の有する空隙率の大きさという 特色が有効に発揮される瞬間です。浸み込んだ尿の水分は、オガ屑の特色である有効表面積の大きさから、効果的に蒸発して 行きます。水分の蒸発は、屎尿の分離を更に徹底することになり、アンモニアの発生につながる嫌気性菌の働く条件は殆ど 無くなります。結果として、好気性菌の働きによって、屎尿中の有機物は、無臭の内に酸化分解されてゆくことになるわけです。 オガ屑ならではの効果です。
3-4-2 バイオトイレの特色
 バイオトイレの特色は、先にも少し触れましたが、1)水を使わない,2)臭わない,3)くみ取り不要, 4)屎尿が資源化される,などであり、他にも、5)下水道工事が不要で設置が簡便・安価,6)現行の下水処理場に負担をかけない, などの利点があり、加えて、7)生ゴミを一緒に処理することが出来る,8)水を使用しないので災害時に強い,9)臭いがしないので 介護用バイオトイレがベッドの脇に置ける,など、多岐にわたっています。
3-4-3 カルチャーショック
 一度使ってみますと誰もが実感することですが、臭いのないトイレで用を足すことの快適さ、特に水を 消費しないという快さなどは何とも言い表し難く、これまで水洗トイレでの水の使用量の多かったことがいかにも恥ずかしく、 心やましく感じられます。まさに一種のカルチャーショックとでもいえましょうか。これまでの生活スタイルについて考えさせられる 一瞬であります。
3-5 バイオトイレの将来
3-5-1 汚物か資源か
 上記のように、資源化・エコ・バイオトイレの普及は、21世紀の環境・資源問題を解決する一つの 突破口になり得る可能性をも秘めているといって過言ではありません。つまり、屎尿は、水による希釈廃棄処理・垂れ流し処理を すべき対象ではなく、濃縮・資源化処理・リサイクルをすべきものと意識を変えます。すると、このコンセプトを受け入れた 途端に、20世紀に堂々として培ってきた外来の水洗トイレ文明は、その方向性を180度変換することを迫られます。
日本には、江戸時代に既に屎尿の有効活用を行ってきた歴史があり、近代化と称してやめたのもそんなに昔の話でもありません。 資源化処理後の屎尿の利用は、公衆衛生学的見地からも慎重に事を運ぶ必要がありますが、資源化自体はそんなに難しい話では ありません。21世紀は、屎尿の資源化利用といったアジア的解決策が最先端となっているかも判りません。
3-5-2 21世紀の最先端
 これから普及に入る農村部の水洗トイレ化には待ったをかけたいと思います。水洗トイレの普及が真に 地域住民の利益になるかどうかは議論の分かれるところでありますが、バイオトイレは21世紀の最先端であるとの意識革命が 地方自治体や地域住民を救う可能性があることに注目しましょう。
ここに述べた以外にもバイオトイレがその効用を発揮する場面は多いと思われます。イベントや工事現場用に利用しつつ、 災害時に強い仮設用の簡易バイオトイレを各地で備蓄しようではありませんか。国立公園内、観光地、山岳のトイレは自然に優しい バイオトイレがふさわしいですし、バイオトイレの利用は、バイオマス廃棄物の資源化とその地域内循環の原点でもありますから、 生活スタイルの変換を考える際の見本となり得るのではないでしょうか。
4.おわりに
4-1 21世紀のトイレ
 オガ屑を人工土壌マトリックスとして利用したバイオトイレの能力が実証されました。水洗トイレと バイオトイレとの比較を下の第1表に示しました。20世紀文明の象徴である水洗トイレが21世紀のバイオトイレと比較すると 色あせて見えますが、如何でしょうか。
4-2 オガ屑の需要
 オガ屑には、人工土壌マトリックスとして最高であるというあまり一般に知られていない能力があります。 このオガ屑が、あちこちで必要とされる時代がすぐそこに来ています。今回中心的に紹介しましたバイオトイレでのオガ屑の使用 だけでも大変な量を必要とすることになるでしょうし、さらに、生ゴミ分解消滅(GADE)装置や家畜糞尿処理機(MLF)などへの オガ屑の需要も急速に伸びることが予想されるからです。
4-3 オガ屑の供給体制
 木材業界は、このごく近い将来に来るであろう「オガ屑」の大量需要に応えるべく、今から真剣に 準備する必要があるのではないでしょうか。オガ屑はもはや「くず」にあらず。粉体化木質材料とでも言い改めてみませんか。 21世紀にくるであろう新しいビジネスチャンスの中核を担うのが、人工土壌マトリックス資材としての「オガ屑」なのです。
4-4 多機能性資材への変身
 オガ屑は、人工土壌としてその有効性を発揮するのみならず、使用後はコンポストとして、 1)有機肥料や土壌改良材としてはもちろんのこと,2)農用ボードや,3)工業用の難燃ボードとして,4)農用・林用・ 園芸用の植栽用ポットとして,さらには、5)輸出用の梱包材などとして多機能性資材に生まれ変わります。これらの応用の詳細に ついては別の機会に紹介させていただきます。  今回は、オガ屑の隠れた能力・魅力を見直すことを提案させていただきました。
第1表 水洗トイレとバイオトイレの比較
    水洗トイレ
    バイオトイレ
  • 原理
    希釈・棄却
    濃縮・資源化
  • キャッチフレーズ
    文明の利器(20世紀の)
    環境との調和(21世紀の)
  • 体感
    清潔感
    無臭・快適
  • 水の使用
    大量消費
    極少量,無くとも良い
  • 電気
    使用
    使用
  • 資源化
    棄却・廃棄
    コンポストが出来る
  • 設置費
    高価
    比較的安価
  • 補助金
    もらえる
    まだもらえない
  • 臭い
    少し臭う
    殆ど臭わない
  • マスキング剤
    時に必要
    不要
  • 生ゴミの処理
    不可
    大いに推奨される
  • 下水処理場
    必須
    不要
  • くみ取り
    不要
    不要,有機肥料の回収
  • マトリックス
    不要
    オガ屑,木片
  • 機械化
    不要
    機械の設置
  • 水道の復旧は遅い
    電気さえあれば大丈夫
  • 仮設化
    不可
    大いに推奨される
  • 簡易化
    不可
    家具調・椅子式バイオトイレ,
  • ペット用,交通機関,他
  • ポピュラリティー
    普及度大
    新・珍しい
  • ベンチレーター
    要(下→上:臭い)
    要(上→下→上:無臭)
  • メンテナンス
    水漏れ,つまり
    断線,シャフトの老化のみ
  • 心理的効果
    文明の仲間入り
    発想・ライフスタイルの変換
  • 社会的効果
    ゼネコン
    新業種の発生とクラスター化
  • スラッジの処理
    公害発生の低減
  • 処理・棄却社会
    リサイクル社会
5.参考文献
1)寺沢実:資源化・エコ・バイオトイレの効用-ノコ屑の驚くべき働き-,北方林業,52(3),5-8(2000)
2)寺沢実:微生物を用いた環境修復[1,2]-バイオマス廃棄物の微生物による資源化-,農業および園芸,74(12),1284-1290(1999); 75(1),43-50(2000)
3)橘井敏弘,寺沢実:オガ屑を人工土壌マトリックスとして用いた21世紀のトイレ(資源化・エコ・バイオトイレ),日本木材学会北海道支部講演集,31,43-48(1999)
4)吉田華奈,寺沢実:生ゴミの資源化に関する研究,日本木材学会北海道支部講演集,31,53-56(1998)
5)寺沢実:人工土壌としての粉体化木質材料-生ゴミの資源化-,木材学会誌,42(7),692-633(1996)